これまでの気分
2012年になるまで、躁鬱病だと分からなかったのだけれど、思い出せる限り、書き出してみようと思う。
これまで、鬱は自分でも分かっていたし、不眠症になったり、食欲がなかったり、人に会いたくないから引きこもったり、症状が分かりやすかった。
ただ、病院で、「あなたは鬱病です」と言われたことはなく、ただ薬だけ出されていた。
2011年にアスペルガー症候群ではないかと思い、慶應義塾大学病院へ行ったが、WISE-Ⅲの結果、疑いありとなったけれど、「これ以上はうちでは無理だから専門医へ行ってくれ」みたいなこと言われ、橋本クリニックへ。
そこでは、「パーソナル障害じゃないか」と言われ、また薬を出されたけど、納得行かず。
それから、友達が行ってる町田のクリニックへ行ってみたり、東邦医大へ行ってみたりしたが、どこも、パッとしなくて、結局、地元の病院へ。
2012年はまだ東京に住んでいて、5月まで働いて、末から8月中旬までアメリカに滞在していた。
彼氏と、世界一周の旅に出る予定だった。
それが…、あれよあれよという間に、予定が変わり、彼氏の友達の家に滞在させてもらってたんだけど、これがまた苦痛で苦痛で。
軽くここから鬱になってた。
彼氏の友達は良い人だったんだけど、友達の彼女が、なんかとても威圧的で、なんとも私の苦手なタイプで。
彼氏(ドイツ人)の友達(アメリカ人)、友達の彼女は日本人だったんだけど、やったー日本語が話せる(浮)と思ったのも、初日まで。
なんか、もうアメリカ生活長いからとかなんとかで、英語しか話さない!
当然、まだまだ英語に不慣れな私は会話について行けず、なんなら、その子とも日本語で話したいのに、話しちゃいけないのかとか、良く分からなくて、結局、話すことがめんどくなって、結果、仲良くもなれず。
それで、私の彼氏は彼氏で、友達の家に泊めてもらってるっていうのもあってか、友達やその彼女に気を使うし、もう独りぽっち状態でかなり辛かった。
その彼女は、ある日私の地元のこと、バカにしたし。あの時、あまりに失礼過ぎて呆然とした。というか、テーブルひっくり返すくらい頭に来たけど、ひっくり返さなかった、怒りを抑えた私は偉いと思った。
とにかく、2012年からの鬱は、この頃発症して、帰国してからも、働く気力が無く、働かないと家賃払えないし、生活保護も考えたけど、引っ越さなきゃいけないし、そしたらワンコが飼えなくなるし、とりあえず、というか、致し方なく実家へ戻ることに。
実家に戻ると鬱になるから、本当は戻りたくなかったけど、既に病んでたし。
つづく…